2026.01.07【古河七福神】報告 柴崎 実
2026年1月7日(水) 天気:曇り レベル:②ウォーキング
◆ 担 当 L :柴崎実
◆ 投稿者 :鈴木 榮男
◆ 参 加 者 :9名(女性:6名、男性:3名)
◆ 所要時間:2時間46分(休憩等含む)
◆ 歩行距離:4.8km
<コース>
JR宇都宮線古河駅10:11→10:20諏訪八幡神社10:26→10:47徳星寺10:55→福寿稲荷神社11:11→11:16正定寺11:29→三神町稲荷神社11:50~蛭子神社11:02→12:03坂長(休憩等)12:21→神明宮12:30→大聖院12:42→秋葉神社12:47→12:57JR古河駅

(一社)古河観光協会七福神パンフレット
※9寺社をめぐりました。うち弁財天が3か所。

ボランティアガイドが、万葉集東歌の中にある古河の地を詠んだ歌二首について説明

万葉集和歌の石碑
「逢わずして 行かば惜しけむ 麻久良我の 許我漕ぐ船に 君も逢はむかも」
(大意) お会いしないままで出かけるのはとても残念です。真久良我(まくらが)の許我(こが)を漕ぐ舟の上の貴方にお会いできたらいいのですが。
万葉集巻十四、東歌の中にあるこの地を詠んだ歌二首の一つです。書の軍毫は書家故大久保翠洞氏によります。因みに、もう一首の歌碑は、雀神社わきの渡良瀬提の上に建っており、その書の軍毫は篆刻家故生井子華氏によるものです。

諏訪八幡神社
古河城諏訪曲輪(現歴史博物館)にあったが、土井利勝が諏訪曲輪を出城とした際に現在地に移した。

布袋尊:七福神のなかで唯一実在人。中国の禅僧。 円満、金満の神様

徳星寺
建治元年(1275)創建。古河城内に開山後、鴻巣へ移り、現在地に移る。境内には先手観音堂や大師堂などがある。

福寿稲荷神社
市内稲荷神社で最大・豪華なつくりであったが、全焼し平成15年に再建された。

正定寺
蛇冠弁財天は、春日局が将軍家光から拝領したものを古河城主だった養子の堀田正俊に譲り、正俊が弁天堂を建て正定寺に奉納した。

古河歴史博物館
古河歴史博物館は、平成2年、旧古河城出城跡に開館。
周辺景観を生かし吉田桂二によって設計されたこの建物は、平成4年の日本建築学会賞、同8年の公共建築賞を受賞している。令和7年11月25日(火曜日)~ 令和8年3月13日(金曜日)まで閉館

鷹見泉石記念館
蘭学者 鷹見泉石の晩年の住まいです。
古河城の余材を使って建てたと伝えられている建物を改修して公開しています。
江戸時代に作られたものとして唯一のヨーロッパ国図「新訳和蘭国全図」など、数々の研究に没頭した住居です。海外情報について教えを請う幕府の役人たちが泉石のもとを訪ねたといいます。
※鷹見泉石について
家老として、藩主 土井利位に仕えた古河藩士。
利位が大阪城代であった折りに「大塩平八郎の乱」で鎮圧にあたるなど、大きな働きをしました。
また、優れた蘭学者でもあり、数多くの研究資料の収集にあたりました。観光いばらぎより

三神町稲荷神社
古河城の鬼門除けとして創建。明治になってから町内で管理。子供稲荷とも呼ばれている。

福禄寿:中国の道教の神様。不老長寿・富貴の神様(三神町稲荷神社)

蛭子神社
文化11年(1814)創建、現在地より南東方面にあったものを明治45年現在地に移築。

恵比寿:七福神のなかで、唯一日本の神様。商売繫盛の神様(蛭子神社)
※兵庫県西宮市鎮座 えびす宮本社 西宮神社より分霊

お休み処 坂長
江戸時代から両替商を経て、その後酒問屋として栄えた店でしたが、時代と共にその営みに幕が下ろされ、市民の憩いの場、来街者の回遊拠点としてのミニギャラリーやホール、資料室、飲食、物販を含む施設として生まれ変わった。敷地内には店蔵(旧古河城文庫蔵)、袖蔵(旧古河城乾蔵)、文庫蔵、石蔵、中蔵、主屋があり、店蔵は江戸時代より両替商後に酒問屋を営んだ坂長の店部分で旧古河城の文庫蔵を移築したと伝えられている。※平成12年に国の登録有形文化財に指定された。

神明宮
もとは正蔵院の境内社。明治10年、境内に古河小学校分校(神明校)が設けられ現在地に移築

大黒天:もとはインドのヒンズー教の神様。日本の大国主命と習合され信仰が広まった。(神明宮)

大聖院
観音・地蔵・弁天が合祀されており、神仏習合の名残りである。









