投稿

2026 03 28【目黒川とさくら】報告:佐々木 保



目黒川に垂れ下がるさくら 目黒のさくらも川面に近い枝はカットの運命でサッパリ?
2026年3月28日(土)
▼天気:晴
▼レベル: ②ウォーキング
▼担当L: 佐々木 保(投稿)
▼協力者:池田典子
▼現地協力者:清水十三男
▼参加者:31名(男:6名、女:名25)
▼行程:歩行時間:約3時間(休憩時間含む)
武蔵小山駅10時5分→林試の森公園10時15分~10時50分→目黒不動尊11時~11時15分→目黒川11時25分~→中目黒公園(中食:11時50分~) 解散:13時

集合は「武蔵小山駅」 街中も春が真っ盛り


林試の森公園」南門 ここは明治33年(1900年)6月に当時の農商務省林野整理局が「目黒試験苗圃」としてスタートしたのが始まりで、その後「林業試験場」に名称を変更、林野庁の付属となり昭和53年まで営々として使用されてきました。
そして、筑波研究学園都市の建設に伴い、移転した跡地を整備し、「目黒公園」の暫定開放期間を経て、平成元年6月1日に「都立林試の森公園」として生まれ変わり開園しました…とありました。


「大きな広場」の西側にはさくら並木 広場では少年野球が行われていた


六角堂と池が配置された一帯


泰叡山 瀧泉寺は目黒不動として知られる天台宗のお寺です。
寛永年間には、徳川家光公の帰依を受け、堂塔伽藍が復興されました。
目黒で鷹狩りをした際、愛鷹が行方しれずになり、三代将軍は自ら目黒不動尊御宝前に額づき、祈願。すると忽ち鷹が本堂前の松樹(鷹居の松)に飛び帰りました。
この霊験を目の当りにした家光公は瀧泉寺を篤く尊信することとなり、大願成就の報恩に、諸堂末寺等併せて五十三棟に及ぶ大伽藍を造立します。
歴代の将軍が折々に参詣する宏壮な堂塔は『目黒御殿』と称され、庶民も列を成して詣でる江戸随一の名所となりました…とありました。


目黒不動尊前に佇む「白井権八・小紫の比翼塚
比翼塚とは、愛し合って死んだ男女を一緒に葬った塚のこと
金のない平井権八は吉原にあった三浦屋の抱え・小紫に会いたいと、辻斬りを始め、その数なんと130人とも。悪の栄えた試しなどなく権八は江戸に自首し、鈴ヶ森で処刑された。 権八が死んだことを知った小紫は東昌寺の権八の墓前で自害。これを哀れんだ僧侶がふたりの亡きがらを葬り、比翼塚を建てた、ということのようです。


コースの最下流 大きなビルのためかガッカリです 提灯が目立ちます。


「中目黒公園」昼食と集合写真の撮影 皆さん宴会を楽しんでいました


目隠し幕 中目黒駅近くの橋には写真を撮るために立ち止まらないように「目隠しの幕」が 下流側から上がってきましたが、この付近が一番桜は咲き誇っていた。


軌跡図:距離:8.1km
リーダーコメント: TVのニュースで東京では満開宣言か? と流れていたので、期待は膨らむ一方でした。実際は、目黒川に入ったコース最下流は桜より提灯が目立つ風景。上流に向かうに従い写真の様にきれいな桜の風景が楽しめた。暖かな一日だったので、満開には一日早かったかも知れません。
大人数なので、途中ユックリ立ち止まり鑑賞するわけにもいかないので、早目に解散して、思い思いの場所に戻り、再度鑑賞できる方法をとった。
この日まで大荒れの天気はなく、今日は暖かな一日で、それなりに楽しめた今年の桜鑑賞と思います。皆様、お疲れ様でした。佐々木 保

これまでのコメント

  1. 伊藤 :

    私も行きたかったです。

  2. 伊藤 :

    私も行きたかったです。今度ぜひ参加させてください。

この記事にコメントする


東ハイホームページを登録(無料)

メールアドレスを記入して登録すれば、更新をメールで受信できます。

698人の購読者に加わりましょう

カレンダー

2026年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

アーカイブ

Powered by WordPress, WP Theme designed by WSC Project. ログイン