2026.6.21【神田】報告 岩間英之
2026年6月21日(日) 曇り時々晴れ レベル:ウォーキング ①
▼担当L:岩間英之(投稿)
▼協力者:五木田悦子、山岸佳一(写真)
▼参加L:辰巳惠美子
▼参加SL:関根直樹
▼参加者:46名(男性12名、女性34名)
▼コース 神保町駅10:00集合 歩行開始10:10→神田神保町古書店街→ニコライ堂→
史跡湯島聖堂→お茶の水公園(昼食11:20~12:05)→神田明神→井政「神田の家」→
妻恋神社→マーチェキュート神田万世橋(13:25解散)→秋葉原駅
歩程2時間30分

神保町地上口で朝の挨拶

神田神保町古書店街

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ニコライ大聖堂
正式名称は「東京復活大聖堂」であり、イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)の復活を記憶する大聖堂である。

丁度礼拝中で受付で100円のローソクを購入して礼拝に参加しました。

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史跡湯島聖堂(1690年、上野忍岡の林羅山邸内にあった孔子廟を五代将軍・綱吉がこの地へ移したのがはじまり。1797年には、西隣に幕府直轄の昌平坂学問所が開設されました。現在の建物は、関東大震災後の1935年に鉄筋コンクリート造りで再建したものです。)

孔子像(高さ4.57mと世界最大となる孔子の銅像)

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某リーダーからの受け売りなのですが、湯島聖堂・大成殿の屋根にいる鬼犾頭と鬼龍子
龍頭魚尾の姿で、頭から潮を吹き上げている想像上の動物。
水の神とされ、火災から建物を守るそうな。

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史跡湯島聖堂横にあるお茶の水公園で昼食(11:20~12:05)

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お茶の水公園で集合写真

神田明神(遡ること730年(天保2年)、大己貴命の子孫である真神田臣(まかんだおみ)により、現在の東京都千代田区大手町、当時の武蔵国豊島郡芝崎村に創建された「神田明神」。その後1309年、天慶の乱で活躍した平将門公が奉祀されることになります。1600年の関ヶ原の戦いの時期には徳川家康が「神田明神」へ合戦前に戦勝の祈祷に来ていたとも言われています。その後「神田明神」は、関東大震災による焼失や戦災による損傷が起こっても、修復や再建がされ続け江戸時代に負けない神社の姿を取り戻しています。)

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神田明神を訪れたら、たとえ柵越しでも会ってほしいアイドルがいる。それは神馬(しんめ)、あかりちゃんだ。あかりちゃんの本名は神幸号(みゆきごう)。平成22(2010)年5月15日、神田祭の日に生まれたメスのポニーだ。

井政「神田の家」
江戸時代より神田鎌倉河岸で材木商を営んできた遠藤家が、昭和初期に建てた商家を移築したものです。御用商人ならではの銘木や、伝統技術を受け継いだ職人ならではの細工が随所に散りばめられています。先代は神田明神氏子責任総代を務め、将門塚保存会を立ち上げた尽力者。建物は千代田区有形文化財に指定されています。

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妻恋神社
東京都文京区湯島に鎮座する神社。
旧社格は村社で、湯島や外神田などの鎮守。
日本武尊とその妃・弟橘媛命を祀るお稲荷様。
弟橘媛命が自ら身を投げて日本武尊を救った伝説から、妻を恋い慕う「妻恋」と号した。
江戸時代には「関東総司 妻恋稲荷」と称し、江戸稲荷番付では行司の筆頭に挙げられる程で、江戸に数多くあった稲荷社の中でも特別な地位に位置付けられた。

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神田藪蕎麦

神田マーチエキュート神田万世橋で一旦解散(13:25)して秋葉原駅へ向かう

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マーチェキュート神田万世橋です。
中央線神田~御茶ノ水間に「万世橋駅」があったことをご存知ですか?かつては中央線の終着駅であった万世橋駅の初代駅舎は、東京駅を設計した辰野金吾氏によるものです。1912年に完成した赤レンガ造りの万世橋高架橋が、歴史や記憶を活かしながら新たに「マーチエキュート神田万世橋」として生まれ変わりました。階段、プラットホームなどの遺構がよみがえった空間の中に、感度の高い店が並ぶこれまでにない商業建築です。

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地下鉄駅での集合は難しいとつくづく思いました。都営三田線、都営新宿線、メトロ半蔵門線と3路線あるので、改札口も多く3つ程の改札口を巡回することになりました。事なきを得ずにすんで安心しましたが・・・。天気も予報通りで朝方まで雨でそれ以降曇りになり雨に降られず街歩きが出来て、また多くの会員の皆様が参加して頂きまして実施した甲斐がありました。会員、参加リーダー、参加サブリーダー、協力者の皆様の協力があって無事街歩きが出来た事に感謝いたします。 岩間英之