2026.06.13【絹の道】報告 中嶋 要一
現在、「絹の道」は御殿橋のたもとから、「絹の道碑」の前までの約1.5キロメートルが市の史跡に指定されています。このうち、特に昔の面影をよく残す未舗装部分は文化庁選定「歴史の道百選」にも選ばれました。峠の一番高いところには、かつて道を行き交う旅人や村内の安全を祈って、道了尊を祀ったお堂がありました。現在は取り壊されて、跡地が大塚山公園として整備されています。八王子市ホームページより
2026年6月13(土) 天気:晴れ レベル[1]:初心者向
◆ 担 当 L :中嶋 要一
◆ 参 加 L : 松木 千恵子
◆ 協 力 者 :鈴木 榮男(投稿)、佐藤 清
◆ 参 加 者 :32名(女性:25名、男性:7名)
◆ 所要時間:5時間10分(食事、休憩等含む)
◆ 歩行距離:9.6km
<コース>
JR横浜線八王子みなみ野駅10:13→鑓水峠10:50→大塚山11:00→絹の道入口11:50→11:55絹の道資料館(昼食)12:55→13:07鑓水諏訪神社13:15→給水所13:51→御殿峠14:35→熊野神社15:03→15:23八王子みなみ野駅

JR横浜線八王子みなみ野駅前にて、リーダー挨拶(コース説明、参加リーダー等紹介)

<道了堂跡>
道了堂(正式名称:永泉寺別院曹洞宗大塚山大岳寺)として明治8年(1875)に建てられた。堂は、昭和48年(1973)堂守の不幸な出来事があって以降、無住となり堂宇は荒廃した。八王子市指定史跡「絹の道」の保全と環境整備を目的とする基本構想により、昭和61年(1986)に八王子市が堂守の遺族から土地を買収、道了堂は解体された。平成2年(1990)9月に旧道了堂境内は大塚山公園として整備された。

延命地蔵か・・・ 延命の文字が刻まれていた。その下の文字は読めなかった。

灯籠は1890年(明治23年)に作られたものである。宝珠と笠が落下していた。
※鑓水諏訪神社から「絹の道資料館」の横を通り、その後、給水所、大塚山下と歩く。

前方に見えるのが、絹の道資料館です。(鑓水諏訪神社からの帰りに撮影)

<絹の道碑>
石段を上ると大塚山(道了堂跡)
「絹の道」の名称は、昭和32年(1957年)郷土史家の橋本義夫による絹の道碑の建立に由来しています。

<御殿峠>
日本百名峠にはいっています。『日本百名峠』は、井出孫六が1982年に発表した随筆の書名。また、同書で紹介された100の峠を指す。

<御殿峠文化の鐘>
昔、近くで女学生が自殺したので、供養のため建てたとのこと。
<リーダーコメント>
八王子みなみ野駅から八王子バイバスに沿うて 歩く。急な階段を登って大塚山に着く。二等三角点が置かれており、古いお宮の礎石が残っていた。旅の安全を祈ったのでしようか?給水所の脇からジヤリ道を30分位歩き絹の道は終わっていて100メートル位先に絹の道資料館があり見学と食事をとり歩いて20分位の鑓水諏訪神社間を往復して、絹の道を大塚山下迄戻り八王子バイバスに架る道了山跨道橋をわたる。倒木等をくぐりながら御殿峠で鐘を突き、16号線から八王子みなみ野駅にで解散しました。中嶋要一
























