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2026.03.22【千住散策】報告 辰已惠美子



陽光(ヨウコウ)桜 汐入公園にて

◆2026年3月22日(日)  天候:晴れ時々曇り  レベル:ウォーキング②
◆担当リーダー:辰已惠美子(投稿者)
◆協力者:池田正義・石川孝子
◆参加リーダー:柴崎 実・岩間英之(一部写真)・小川順一郎
◆サブリーダー: 関根直樹
◆参加者:63名(男性15名 女性48名)
◆コース:JR常磐線南千住駅 10時集合 歩行時間10:15→回向院→延命寺→石浜神社11:00→東白鬚公園→隅田川神社11:40→木母寺11:50→汐入公園12:15(昼食)13:00→柳原千草園13:30→荒川土手13:50→横山家住宅→北千住駅14:45(手前の公園で解散)
◆行動時間:4時間30分(休憩、見学含む)


JR南千住駅 朝の挨拶


松尾芭蕉像
元禄2年(1689)3月27日にこの地から「奥の細道」の旅へと出立します。


回向院
吉田松陰、橋本左内ら幕末の志士の墓やねずみ小僧治郎吉、高橋お伝等のお墓があります。

杉田玄白らが隣の小塚原刑場で死刑者の解剖見学をきっかけに「解体新書」を翻訳したことから近代医学の発症の地となりました。


延命寺
品川の鈴ヶ森刑場と並ぶ江戸の刑場でした。「小塚原の首切り地蔵」が江戸の刑死者をはじめとする無縁の霊を静かに見守っています。


石浜神社
聖武天皇の時代(724年)に創建された、1300年近い歴史を持つ神社です。また、中世にこの地を治めた江戸氏や、後に下総から逃れてきた千葉氏が拠点とした石浜城がありました。浅草七福神(寿老人)の一つです。


白鬚橋 隅田川を渡ります。


隅田川神社


木母寺(もくぼじ) 梅若念仏堂
木母寺の成り立ちには、「梅若丸(うめわかまる)」という少年の悲哀の物語が深く関わっています。

〈梅若丸伝説〉
京都の貴族の子である梅若丸が、人買にさらわれ、連れ回された後に、隅田川のほとりで亡くなりました。そこに居合わせた高僧が、梅若丸の供養のために柳の木を植えて塚を築きました。梅若丸の死後1年が経ち、息子を捜し求めていた梅若丸の母親が、塚の前で念仏を唱えると、そこに梅若丸の亡霊が現れ、悲しみの対面を果たした。という伝説です。なお、伝説に登場する塚は、梅若塚として、現在、木母寺内に再現されています。梅若伝説は江戸時代になると、能だけでなく歌舞伎・浄瑠璃など様々な分野で取り上げられ、「隅田川物」という一つのジャンルを確立してきました。(木母寺HPより)


木母寺の案内板を熱心に読む。


汐入公園


ヨウコウ桜が満開でした。


楽しいランチタイムです。


少し雲が多くなってきましたが、スカイツリーが良く見えます。


満開のユキヤナギ


荒川土手 広ーい! 「3年B組金八先生」ロケ地になった所です。


ちょっと休憩


虹の広場 最後の休憩です。


上から虹の広場を見るとこんな感じです。虹模様のカラーブロックが目印です。区民まつりなど大型イベントに利用されています。


横山家住宅
江戸時代から戦前まで地漉紙(今でいう再生紙)を扱う大きな問屋を営んでいました。


絵馬屋・吉田家
江戸時代後期から際物問屋として、絵馬・地口絵紙・凧などを描いてきた、当代で8代目という老舗です。(千住散策マップより)


千住ほんちょう公園で解散 北千住駅はもう目の前です。

リーダーコメント
参加者の皆様お疲れ様でした。今回は、南千住駅からスタートし、回向院、延命寺を参拝後、歴史ある石浜神社から隅田川沿いの東白鬚公園、そして開放感あふれる汐入公園でのランチタイム。午後は雄大な荒川土手を歩き、宿場町の面影を残す横山家住宅へと歩を進めました。風もなく穏やかな陽気に包まれ、まさに「五感で春を感じる」ひととき。 距離はありましたが、千住の歴史と自然、そして水辺の開放感を満喫した一日でした。楽しい一日をありがとうございました。感謝いたします。
辰已惠美子

 

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