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2026.01.30【湘南平】報告 直江 忠彦



湘南平からの下山路直下に、早咲きの桜が咲いていました

2026年1月30日(金)  天気:晴れ レベル2:一般向弱
担 当 L :直江忠彦
◆投 稿 者 :鈴木榮男
◆参 加 者 :28名(女性:21名、男性:7名)
◆所要時間 :3時間7分(昼食・休憩等含む)
◆歩行距離 :6.5km

コース
JR東海道本線大磯駅10:15→10:45高来神社10:56→高麗山11:20→八俵山11:26→11:43浅間山11:51→12:00湘南平12:37→善兵衛池12:58→13:22大磯駅

コース軌跡


化粧坂の松並木


化粧坂の一里塚


化粧井戸
「化粧の井戸」については、高来神社との関係も考えられるが、伝説によると鎌倉時代の大磯の中心は化粧坂付近にあった、当時の大磯の代表的女性「虎御前」もこの近くに住み、朝な夕なこの水を汲んで化粧をしたので、この名が付いたと言われている。説明板より

※虎御前は大磯の遊女で、『曽我物語』の主人公、曽我十郎の恋人。この寺で出家して、生涯を十郎の鎮魂に捧げた。


かつては高麗山の山頂に上宮があって高麗権現社といい、右の峰に白山権現を、左の峰に毘沙門天を勧請して「高麗三社権現」と称した

天智七年(668)頃、高句麗の副使であった若光は祖国滅亡後に東を目指し大磯の浦に渡来、上陸して高麗の地に住み、大陸の文化を伝えました。現在、唐ヶ原の地名も残っています。

霊亀二年(716) に大磯を始め相模、駿河など七ヶ国に渡来し居住していた高句麗人1、799人が武蔵国高麗郡に移され開発を命ぜられました。この時、先に大磯に渡来していた若光が「王」の姓を賜り郡長として赴いております。(続日本紀)


高来神社


女坂を登る


休憩 前方の女坂から登る。


あ!その火が山を灰にする。


大堂(高麗山)へ5分


階段を上ると高麗山(大堂)


高麗山 通過


高麗山に石祠がありました。


高麗山に、しめ縄が張った石がありました。


八俵山へ10分


下ると木橋


木橋を渡る


八俵山 通過


浅間神社


浅間山で休憩

電波塔前にて集合写真。電車からよく見えるので目印になる。
湘南平は、神奈川県の平塚市と大磯町の境にある標高約180mの泡垂山の山頂一帯を指す地名。一帯は、風致公園の高麗山公園として整備されている。地元ではかつて千畳敷と呼ばれていたが、公園として整備するにあたり湘南平と呼ばれるようになった。テレビ塔展望台(平塚テレビ中継局)と高麗山公園レストハウス展望台の2つの展望台がある。


相模湾、富士山、箱根連山、丹沢山塊、大山、江の島、三浦半島、房総半島、伊豆半島と眺望抜群だ。


ランチタイム


ランチタイム。右後ろの建物は、高麗山公園レストハウス展望台


スイセンが満開


早咲き桜の下を歩く


一路大磯駅へ


これはなんだろう?下山路の左側にありました。


善兵衛池の近くに祠がありました。


善兵衛池には、水はなかった。
江戸時代、人望の厚かった善兵衛さんが水が乏しかったこの地域のために、自ら先頭に立ってこの溜め池を造り、その功が幕府の老中にも認められ苗字帯刀が許され、三宅性を名乗ったという。

リーダーコメント
肌寒い中、水仙や梅の花や桜の花が見られました。
しかし、富士山は頭に雲かかり残念でしたが楽しい山行ができました。直江 忠彦

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