2024.02.02【塔ノ峰】報告 直江忠彦 | 東京ハイキング協会

2024.02.02【塔ノ峰】報告 直江忠彦




阿弥陀寺参道。

2024年2月2日(金)  天気:曇り レベル[3]一般向
担 当  L :直江忠彦
投 稿 者 :鈴木榮男
参 加 者:17名(女性:13名、男性:4名) 
所要時間 :4時間40分(昼食・休憩等含む)
歩行距離 :13.0km

コース
箱根登山鉄道箱根湯本駅9:5010:04阿弥陀寺参道入口10:20阿弥陀寺10:35
11:25塔ノ峰11:55(昼食)12:32林道上水之尾用水溜池12;5514:03小田原城
14:11(希望者のみ)
14;30小田原駅

コース軌跡

標高グラフ

◇出発時刻/高度: 09:50 / 98m  到着時刻/高度: 14:30/ 13m
◎合計時間: 4時間40分   合計距離: 約13km
◎最高点の標高: 566m   最低点の標高: 7m
◎累積標高(上り): 617m  累積標高(下り): 708m


箱根登山鉄道「箱根湯本駅

 
ガードをくぐる。急坂になっている。


左側の塀を見ると花が咲いていた。


アスレチック場があった。フォレストアドベンチャー・箱根 | フォレストアドベンチャー (foret-aventure.jp)


阿弥陀寺の参道

 
椿寺と彫られている。                   摩耗した石段と石仏


道の側に石仏が安置されている。

 
多くの石仏が安置されていた。


阿弥陀寺本堂の横に、紅梅が咲いていた。

1604年(慶長9年)頃、弾誓によって開山された。弾誓は1604年(慶長9年)より、近くの洞窟で6年間の修行に入った。その間に当地を治める小田原藩の藩主だった大久保忠隣が土地等を寄進して寺を創建した
当寺の本尊は阿弥陀三尊で、江戸本所の回向院の旧本尊といわれている。元禄年間(1688年 – 1704年)に回向院から譲られたものという。
1877年(明治10年)、江戸幕府第14代将軍徳川家茂の正室だった和宮親子内親王が脚気を患い、転地療養が勧められて当地箱根塔ノ沢温泉に滞在していた。しかし病状は回復せず、滞在後1カ月で薨去した。当寺は和宮の位牌を安置している。和宮は当寺の本寺である 増上寺に家茂とともに葬られている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


阿弥陀寺本堂前で集合写真


クマ出没注意


山道になる。少し荒れている。朽ち木と石がゴロゴロしている。


塔ノ峰は40分


倒木、ごろ石


ロープが張っている。

 
休憩


山頂まで15分


山頂。展望はあまりよくない。
古代インドの阿育大王が、仏舎利(釈迦の遺骨)を安置するために造ったとされる宝塔の一つが、この山で見つかったことから「塔ノ峰」と名付けられたとされています。江戸時代初期(1604年頃)に開かれた阿弥陀寺の山号「阿育王山」と称するように、この故事に由来しています。山頂には、戦国時代の大名である小田原北条氏(1495年~1590年)出城の跡もあります。と説明板に書かれています。左に行くと「明星ヶ岳」「明神ヶ岳」方面。今日は、右、「水之尾」に下山

 
昼食

 
コケないで


離れないで


林道出合。

 
ゲート

 
上水之尾用水溜池


上水之尾用水溜池について

 
長い林道歩き


箱根外輪山の山々


最後の休憩。風祭駅と小田原駅の分岐


小田原城址公園まで950m
小田原城址公園入口。この手前で解散。そのまま小田原駅にむかう組に分かれた。


小田原城300m


小田原城址公園マップ


小田原城


小田原城正面


城址公園の梅


城址公園の梅

リーダーコメント
思ったより時間がかかりましたが、冬の山行には良いかもしれません。皆さんのご協力で無事山行を終えることが出来ました。ありがとうございます。直江忠彦


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