東京ハイキング協会 » 2010.11.28【渋谷の坂道】報告

2010.11.28【渋谷の坂道】報告



【渋谷の坂道】
実施日:平成22年11月28日(日))天候 快晴
リーダー:佐野 俊一郎
協力者:青山昌次・平山亨・佐々木純子
参加リーダー:大手和夫
参加者:38名 (男性11名 女性27名)
グレード:一般向け 実働3時間30
JR恵比寿駅西口改札9:30→内規坂→代官山坂→南郭坂→八幡坂→天狗坂→亀山坂→南平坂→宮益坂→美竹公園→スペイン坂→オルガン坂→鍋島松涛公園→神泉児童公園→道玄坂→JR渋谷駅14時解散
恵比寿長谷戸公園朝の挨拶
内規坂

内規坂 上 代官山東横線跨線橋
代官山同潤会アパートの公園代官山坂
代官山から谷底渋谷川へ            渋谷川に架かる比丘橋
南郭坂      
南郭氏由緒                     広尾高等学校
広尾中学から國學院大學             塙保己一と資料館
氷川神社 坂上門                    休憩後出発                                                             
國學院大學本館                                               青山学院初等部
八幡坂=坂の途中を少し入ったところにある金王八幡宮。坂名はこれに由来します

谷の繁華街の氏神様

神輿の由来                                              鎌倉から持ち帰った都内最古の神輿
八幡坂へ向かう突き当たりが八幡坂
天狗坂=岩谷松平(号を天狗、嘉永二年~大正十年1849~1920)は鹿児島川内に生まれました。明治十年に上京し、間もなく銀座に紙巻煙草岩谷天狗堂を設立し、その製品に金煙草、銀煙草などと名前をつけ、「国益の親玉」「驚く勿れ煙草税金三百万円」などの奇抜な宣伝文句で明治の一世を風靡しました。煙草の製造に家内労働を導入するなど当時としては画期的、独創的な工夫をしました。明治三八年(1905)煙草専売が実施されるとこの付近の約四万三千平方メートル(一万三千坪)の土地に日本人の肉食による体質の向上を考えて養豚場等をなど国家的事業に貢献しました。晩年岩谷天狗がこの地に住んだことから、この坂の名が生まれました。
民家の中の庚申塔廿三夜塔地蔵塔
天狗坂を下る
天狗坂を坂下から                                                     道端の馬頭観音
平和の祈り像                                                       第一商業高校前
亀山坂                                                                南平坂
亀山坂=南平坂とこの坂は、交差点を坂下にしてはさんで対面する形になっています。
宮益坂                        宮益坂を坂上から渋谷駅方面
坂上の表示
宮益坂=かつて、富士見坂とも呼ばれたこの坂一帯は、古くから矢倉沢往還(大山道中)として江戸の町と郊外農村との接続点であったので、ささやかな商人町を形成していました。ここが渋谷宮益町と称されていたので、宮益坂と呼ばれるようになりました。
美竹公園児童館昼食風景           美竹公園児童館昼食風景
美竹公園児童館昼食風景            美竹公園児童館昼食風景
渋谷駅前西武デパート
スペイン坂=パルコパート1裏から井の頭通りへと下る坂道。喫茶「阿羅比花(あらぶんかむらびか)」の店主、内田裕夫氏は、写真で見たスペインの風景に心ひかれ、店の内装をスペイン風に統一していました。昭和50年にパルコからこの坂の命名を依頼されたときには、迷わずこの名をつけたそうです。命名後、近所の人たちも協力して、建物を南欧風にしました。
オルガン坂=井の頭通り東急ハンズ前の交差点からパルコ前交差点へ上がる坂道。通りの周辺に音楽関係の店が多かったところから命名されたようです。東急ハンズ前の階段がオルガンの鍵盤に見えるから、という説もあります。
文化村                       東急本店から松濤観世能楽堂へ
右、主のいない都知事公舎           観世能楽堂
左、鍋島松涛公園                鍋島松涛公園休憩
鍋島松涛公園休憩                鍋島松涛公園休憩
鍋島松涛公園休憩               鍋島松涛公園休憩
鍋島松涛公園休憩                鍋島松涛公園休憩
鍋島松涛公園休憩               鍋島松涛公園休憩
道玄坂上解散
道玄坂を坂上から渋谷駅へ
道玄坂=江戸時代以来、和田義盛の後裔大和田太郎道玄が、この坂に出没して山賊夜盗の如く振舞ったとの伝説がありました。しかし本来の道玄坂の語源は、道玄庵という庵があったことに由来すると考えられます
明治神宮外苑聖徳記念絵画館前いちょう並木は見事な黄葉に彩られいちょう祭り開催中でした

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