東京ハイキング協会 » 2019.10.06【箱根山から漱石公園】報告 小林妙子

2019.10.06【箱根山から漱石公園】報告 小林妙子



10/6(日) 天気: 26/15℃    雨 レベル: ウオーク ②

担当L:小林妙子

協力者:石川孝子  小川眞弓  猪股孝子 

参加L: 柴崎 実(投稿) 須賀光夫

参加者34名(男性:9名 女性25名)

会報のコメント

箱根山は都内23区で一番高い山。夏目漱石ゆかりの地へ夏目坂を見て 漱石山房通りを歩き 展示室と猫塚の公園へ出る。また椿山荘の冠木門を通り、細川越中守の下屋敷と二つの池を中心にした甘泉園の日本庭園を巡る。

コース  歩行時間約3時間
高田馬場駅早稲田口集合10時———–10時50分箱根山—-11時20分漱石公園—13時10分江戸川公園—-13時30分甘泉園公園—–14時20分高田馬場駅解散 

 

集合場所のJR高田馬場駅早稲田口

小林妙子リーダによるコース説明


小林妙子リーダより、須賀光夫新リーダの紹介がされました。1月に初山行高尾山があります
学習院女子大学・女子高等科・女子中等科の門 明治10年に建てられた鋳鉄製の赤い透かしの唐草文様の門柱が美しい

箱根山の立派な標識

緑豊かな都立『戸山公園』は、『箱根山』を中心とした一帯が桜の名所といわれています。『箱根山』は新宿区で一番高い山で、頂上からは新宿の高層ビルを一望できる絶好の展望ポイントですが、高さはわずか44.6メートルです。 もとは尾張徳川家の下屋敷で、通称「戸山山荘」といわれていました。総坪数は13万6000坪あまりで、回遊式庭園の中に二十五景をしつらえ、小石川の水戸家の後楽園とならぶ名園でした。 やがて明治維新を迎えて陸軍戸山学校となり、第二次世界大戦終結まで存続しました。現在は、当時の庭園の一部であった築山の『箱根山』が残っています。また、当時の様子を描いた絵巻も、谷文晁や加納派の画家の描いたものなどが残されています。箱根山

5分で登れる 両側に手摺があり木段を上る

山頂には標高を示す水準点がある
都内唯一最高峰の箱根山・・・44.6メートル・・・山頂

山頂にあるベンチ 雨のため展望はいまいち悪い 雨ひどくなる


戸山公園は大久保地区と箱根山地区二つある。

早稲田通りの右が夏目坂
夏目漱石の誕生の地

文豪・夏目漱石が生まれ育ち、その生涯を閉じたまち・新宿区に、漱石生誕150周年にあたる平成29年(2017年)9月24日、新宿区立漱石山房記念館が開館しました。

小倉屋から漱石山房通りから来るほうが夏目坂回りより近い
漱石山房記念館…2年前に建てられた。きれいな館内で昼食を摂らせてもらいました。館内はブックカフェやミュージアムショップがあり館内の催事は有料(¥500団体は半額)ですが、無料部分の休憩所があります
夏目漱石の胸像 富永直樹製作銅像

漱石公園について

漱石が晩年の9年間を暮した「漱石山房」があった敷地の一部は、新宿区立漱石公園として整備されています。園内には富永直樹製作の漱石胸像や、「猫の墓」があります。また、「道草庵」では漱石や漱石山房に関する資料を展示しています。

漱石が49歳で亡くなるまでの9年間を過ごし,そして多くの作品を書かれた場所です

ヤマアジサイ

資料などが展示されてる道草庵
夏目漱石のゆかりの猫塚

漱石公園内に大きな実をつけているボケの木があった。

鶴巻町の(左側の五階建てビル)は東ハイの旧友で今は亡き故S.Aさんの家で懐かしく思い出しました
神田川に沿って江戸川公園と椿山荘の冠木門の前を通り歩いた。


江戸川庭園
関口台地の南斜面の神田川沿いに広がる東西に細長い公園です。台地の斜面に自生する雑木林と園路を主体とした公園でしたが、昭和59年(1984年)に神田川の拡幅工事に伴い改修されました。細長い公園なので園路を散策すると、様々な景色がパノラマのように展開します。川に沿ってソメイヨシノが続きます。途中で園路が二手に分かれたり、様々な重量感のある石が添えられた石の広場や、西洋風の山小屋を模した時計搭のある四阿(あづまや)、藤棚のあるテラスなどがあり、変化に富んだ景観となっています。テラスの先には石組みの池があり、神田上水取り入れ口に使用されていた大洗堰を復原しています。斜面地には浮き橋状の遊歩道があり、斜面の樹木をいためないようになっています。深い樹間をつづら折に登ると最上部につながり、早稲田方面を見渡せるようになっています。 肥後細川越中守の下屋敷があった新江戸川公園に入る

回遊式泉水庭園

松聲閣(しょうせいかく)は、旧熊本藩細川家下屋敷のあったこの地で、細川家の学問所として使用されていたようで、一時期は細川家の住まいとして使用されていました。現在の建物は、歴史性を生かして保存・修復を行うとともに、耐震性を確保し、平成28年1月にリニューアルオープンしました。
参加の皆様は初めての方も多く、肥後細川庭園内を歩いた。
肥後細川庭園は、目白台の台地(関口台地)の自然景観を活かした池泉回遊式庭園です。この公園周辺は、江戸中期以降は旗本の邸地になり、江戸末期には清水家や一橋家の下屋敷となりました。そして幕末には熊本54万石の細川侯の下屋敷に、明治15年には細川家の本邸となりました。その後は東京都が買収し昭和36年に「新江戸川公園」として開園し、昭和50年に文京区に移管されました。


神田川沿いの桜並木・・・さぞかし桜の季節には見事と思わせます。

神田川沿いに広がる東西に細長い公園。川沿いに桜並木が連なり、川にせり出して堂々と枝を広げる姿は実に華やか。近くには関口芭蕉庵や椿山荘もあり、桜の名所として知られています。

雨の降る中、甘泉園内を散歩した。 この地は、江戸時代宝永年間(1704-1711年)に徳川御三家の一つ尾張徳川家の拝領地となり、その後安永三年(1774年)に初代清水家の江戸下屋敷が置かれていました。明治以降は、子爵相馬邸の庭園として整備され、昭和には早稲田大学が付属甘泉園として譲り受けました。昭和44年には区立公園となり、現在に至っています。
現在の公園は、ツツジの花、アジサイの花、新緑やモミジの紅葉、冬の雪吊りなど、四季折々に見どころがある日本庭園として人々に親しまれています。
(みどりの新宿30選 、日本の歴史公園100選 に選ばれています)

甘泉園公園は、区立唯一の回遊式庭園です。「甘泉園」の名は、ここから湧く泉の水が
お茶に適していたところからきたと言われています。池を抱く森は周辺とは別世界の静けさを演出し、
四季を通して、訪れた人々をもてなします。


甘楽園の入り口にある案内図

高田馬場駅で解散・・ウォーキング中には、雨が降っていたが、解散するころには、青空が見えてきた。

リーダーコメント

朝までの天気予報は曇りでした。しかしウォーキングの初めから解散まで雨が降り続いていましたが、参加者の皆様東京に住んでいても来たことないという場所も多くあったようです。足元も悪い中、    ケガもなく元気よく楽しんでいただけました。皆様の協力に感謝申し上げます。  小林妙子記

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