東京ハイキング協会 » 2019.02,17【橋本宿を巡る】佐野俊一郎報告

2019.02,17【橋本宿を巡る】佐野俊一郎報告



橋本宿を巡る
平成31年2月17日(日)晴
リーダー:佐野俊一郎
協力者:佐々木純子
参加L:松木千恵子・小林妙子・柴崎実・中嶋要一
参加者:35名 男性7名 女性28名
橋本駅9:32→橋本の棒杭10:00→橋本神明大神宮10:26→香福寺10:48→瑞光寺10:59→牛久保家の長屋門→境川流域の遊歩道→JR橋本駅解散
● 大山道(大山街道)・橋本宿
大山にお参まいりする人ひとが行来した大山道の街道ぞいにあった宿場で旅をする人たちはここで泊まったり休やすんだりして疲れた体を休めまた大山を目指ていきました。
大山にお参りした人々は、現在の神奈川・東京・千葉・埼玉だけでなく、遠く福島や長野・新潟などからも訪れて、その人たちが行き来した道を「大山道」または「大山街道」と呼よんでいました。武州(埼玉)方面から八王子
を通って大山参りに行く人々は御殿峠を越えて境川を両国橋で渡り、橋本宿にたどり着きました。橋本宿のあった橋本村は正保3(1646)年相原村から分かれて誕生しました。宿場がいつ頃できたのかは、はっきりとはわかりませんが、享保21(1736)年の村明細帳には「毎日伝馬4頭、人足4人が用意されていて、48軒の家があった」ことが記録されています。
両国橋から香福寺近くの山王山(現在、徳本仏塔や秋葉大権現の碑が残されている辺り)まで、大山道をはさんだ両 側に発達した宿場は、南から上宿、中宿、下宿とわかれていました。また両国橋付近の宿場入り口の両側には幕府の高札場があったと言われています。
残念なことに天保12(1841)年、橋本宿は大火事で家や文書類燃えてしまったため、現在はあまりくわしい資料が残っていません。
JR・京王線橋本駅9:32                     出発

京王線高架橋下を南東に進む                      左にJR横浜線

JR線下を南北に抜ける道路を南に9::38                信号手前に小さな祠

信号を渡ると右に市立旭中学校を送り            並んで市立橋本小学校

国道16号に架かる高架橋を北へ向かう           市立橋本小学校西側

ホンダ販売店右に旧道に入る

棒杭の標識は分断された街道に立つ     橋本の棒杭由緒

大山道の追分(おいわけ)に立てられたものですが、区画整理により旧道を失いながらも、地域の人々によって守られてきた貴重な遺跡です。
道標の高さは151センチメートル、幅35センチメートルで、安政2(1855)年に建てられました。正面に「右大山みち」、右側に「北八王子道」、左側に「南あつぎ道」とあります。
この標石から、この地域は「ボウグイ」と呼ばれ小字としても親しまれていました。
参考文献:相模原市教育委員会1984「地名調査報告書」加藤重夫1985「橋本の昔話」
364 区画整理で分断された大山道の棒杭標石柱10:05 365 橋本の棒杭
大山道の追分(おいわけ)に立てられたものですが、区画整理により旧道を失いながらも、地域の人々によって守られてきた貴重な遺跡です。道標の高さは151センチメートル、幅35センチメートルで、安政2(1855)年に建てられました。正面に「右大山みち」、右側に「北八王子道」、左側に「南あつぎ道」とあります。
この標石から、この地域は「ボウグイ」と呼ばれ小字としても親しまれていました。
参考文献:相模原市教育委員会1984「地名調査報告書」加藤重夫1985「橋本の昔話」

相模原市登録史跡(道標に書かれた)
橋本の棒杭(大山道道標)おやまみちどうひょう
尾の道標は、安政2年(1855年)大山道の追分に立てられたものです。区画整理によって道がなくなって後も、地域の人々によって守られてきたものです。登録年月日 平成13年1月1日相模原教育委員会
住宅街に建つ                           大山道はここで住宅街に入る
 
往時をしのぶ桜並木                                              左に橋本変電所を送り10:03

市立橋本こどもセンター                          右に相模原高等学校右に送ると供養塔

信号を渡ると供養塔が建つ10:14                          大山道の標石柱

JR線踏切を渡ると信号の先                            左神明大神宮10:26

長い参道を入る                  本殿に参詣

本殿左に天神様              突き当り16号505号交差点に秋葉大権現10:41

隣香福寺入り口に徳本念仏塔            右に入る香福寺10:48

本堂に参詣                   鐘楼と築庭

境内の六地蔵                   境内に慈母観音

街道に立つ旧家               街道に戻り境川に向かうと左に瑞光寺10:59

瑞光寺本堂に参詣                瑞光寺ご由緒

街道に建つ長屋門11:12               県境両国橋から境川を下る

この長屋門は近世末の建築と推定されます。桁行9.5間(約17.1メートル)、梁行2.5間(約4.5メートル)の堂々たる構えで、現存する相模原市内の長屋門としては規模の大きなものです。両脇にある2本の太い柱の上に大きな冠木をのせ、これに梁行の天秤状の梁をかけ、その上に天井を貼っています。軒のセガイは、柱に腕木を?差とする古い形式となっています。部材も全体に太く、冠木の丈は1.4尺(42センチメートル)、その上に乗る梁は約1尺(30センチメートル)です。
(注)外からの見学はできますが、屋敷内に立ち入ることはできません。
参考文献相模原市教育委員会1986 「相模原の民家」
町田街道合流点に不動明王          小山橋南に橋本3に長屋門11:46

JR橋本駅解散12:03


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